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第656号 2013(H25) .12発行

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農業と科学 平成25年12月

本号の内容

 

 

秋まき小麦の生育センサを活用した可変施肥技術の実際と導入効果
一北海道オホーツク管内の現地実証結果ー

北海道農政部生産振興局技術普及課
北見農業試験場駐在技術普及室
主任普及指導員 馬淵 富美子
(農業革新支援専門員)

1.はじめに

 オホーツク地域は,北海道の北東部に位置しており,オホーツク海と約278kmの海岸線で接し,南北に約80km,東西に約200km広がる。総面積は10,691km㎡と新潟県に匹敵し東京都の約5倍であり,北海道の面積の13%を占め((オホーツク管内図)。オホーツク海沿岸部には平地が多く,海岸と平行して低地・台地・丘陵地・山地という基本的な配列となっている。また1月下旬から3月にかけて,オホーツク海特有の流氷により海面が覆われるという他地域にはない特色が見られる。

 オホーツク地域の農業は,全国一のシェアを誇るたまねぎをはじめ,麦類・てんさい・ばれいしょなどの畑作物や酪農を主体とする農業を展開している。耕地面積166,700ha,農業産出額1,770億円の規模を誇り,食料供給基地として重要な役割を担っている。
 畑作は,土地利用型作物を主体に作付けされており,基幹作物の作付面積は,小麦27,700ha,てんさい25,100ha,ばれいしょ17,600haである。また,たまねぎは7,072haと北海道の作付面積の55%を占めている。畜産では乳用牛の飼養頭数112,600頭,肉用牛69,300頭のほか,豚・めん羊・採卵鶏なども数多く飼養されている(『オホーツクの農業201』オホーツク総合振興局より。)
 小麦は輪作体系上重要な位置付けとなっており,施肥管理による安定生産と品質の向上が求められている。北海道において,秋まき小麦の窒素施肥法は,は種期と融雪後に分けて施用することが基本で,は種時に4kg/10a程度の窒素を施用し,起生期以降に分施している。施肥量の調節は,ほ場一筆単位で行われることがほとんどで,生育のばらつきに応じて施肥することは行われてこなかった。本稿では,秋まき小麦の生育センサ
を活用した可変施肥技術の地域適応性および導入効果について詳述する。

2.秋まき小麦の可変施肥技術

(1)生育のばらつきに対応

 小麦の生産は,ほ場内にある生育のばらつきに対応して施肥ができればもっと安定する。一方,これまでの施肥技術は土壌診断や生育診断を活用するものの,ほ場一筆単位で行われるものであり,ほ場内の生育のばらつきが収量や品質の相違につながることが分かっていても対応することができなかった。
 レーザー式生育センサを活用した秋まき小麦に対する可変追肥技術は,道総研十勝農業試験場を中心に研究が進められていたため,十勝管内のみで地域適応性が検討されてきた。そこで,オホーツク管内において生育センサ出力(S1値)と止葉期の茎数・葉色値に基づく窒素吸収量の関係を明らかにし,生育センサを活用した可変施肥技術の普及定着を図ることを目的として実証試験を行った。

(2)作業体系

①使用機器

使用した可変施肥システムは生育センサ(写真1),センサ値に基づき施肥量を計算する制御システム(写真2),GPS,車速連動や生育マップを作成するGPSおよび施肥機で構成されている(写真3)。

②2つの可変施肥法

 施肥の方法は,センシングと同時に可変施肥する体系とセンシング結果に基づき施肥マップを作成後に可変施肥を行う体系がある(図1)。

 前者の体系は,施肥作業の効率を求める場合と作業者が肥培管理技術に精通していない場合でも,ある程度の高品質安定生産に対応した施肥が可能な体系である。
 後者は,センシング作業と施肥作業のほかに施肥マップの作成に時間を要するが,生育センサ値のみでは判断できないほ場の特性等を反映した施肥が可能な体系である。
 図2・3は,センサ値(S1値)に基づく生育マップとセンシング結果に基づく可変施肥マップである。ほ場の半分をそれぞれ定量区と可変区として試験を行った。

③センサ値(S1値)による生育診断

 止葉期のSPAD値とS1値の関係は,高い正相関が認められた。また,S1値と窒素吸収量との関係をみると高い正相関が認められた(図4)。しかし,近似線より上の地点は,S1値やSPAD値に対して上位茎数(止葉期の草丈10cm以上の茎数)が多いと考えられる。上位茎数計測地点がほ場全体の平均値とかい離している場合,S1値のみでは倒伏の可能性があるため,注意が必要である。

(3)製品歩留まり・製品収量の向上

 可変施肥の増収効果は,実証ほ場を平均すると粗原収量では変わらないものの,製品歩留まりで5%増加し,製品収量では5%増収した(図5)。止葉期以降の窒素施肥量と製品歩留まりは,可変区が定量区に優り,無施肥の地点でも,製品歩留りは定量区を上回った(図6)。

 製品歩留まりは可変施肥を行うことで変動の幅が小さくなり均一化していた。
 止葉期以降の窒素施肥に可変施肥技術を導入することが,製品歩留まり,製品収量の向上に有効であることが確認できた。但し,止葉期における生育のばらつきが窒素吸収量以外によるものである場合や,可変施肥量の設定上限値を超える多収条件となった場合は,ばらつきが生じると考えられた。

(4)可変施肥の導入効果

①可変施肥の利用下限面積

 オホーツク管内の試験結果から,可変施肥の利用下限面積を試算した。10a当たり収量が600kgの場合は,生育センサ等周辺機器を仮に336万円で導入しても,約14haの小麦の作付けで固定費を回収することができ,同様に施肥機+センサ等を導入した場合
は,約24haの作付けで固定費を回収することが可能であった。収量水準が上がればより狭い面積でも効果は大きくなる(表1・2,図7)。

②肥料費の低減効果

 秋まき小麦肥料費の10a当たりの価格差は可変施肥により窒素投入量を10a当たり0.3kg減じることができ,10a 当たり58円安くなった。

③可変施肥の作業性

 総投下労働時間は0.383人・時間/10aであり,作業能率は,北海道の標準的な0.4 人・時間/10a(北海道農業技術体系)に比較して向上した。

④止葉期前の可変施肥効果

 今回の実証結果では,止葉期前の可変施肥により,止葉期の生育が均一化されていることが確認できた。
 止葉期の生育のばらつきを止葉期以降のみの可変施肥で解消することは難しいため, 幼穂形成期の段階でも可変施肥することで,さらなる増収効果が期待できるものと考えられる。

⑤まとめ

 ほ場内に生育のばらつきがあることはわかっていても生育を揃えることが難しかったものの,生育センサで測定することにより数字で表すことができた。さらに,ほ場地図を作成することで自分の畑の状況を客観的に捉えることができた。
 センシングと可変施肥を同時に行う方法は,大規模農場などにおいて,施肥作業の効率化を求められる場合や,作業者が肥培管理技術に精通していない場合などに活用できる。また,センシング作業と可変施肥作業を別々に行う方法は,経営者の判断により生育センサ値のみでは判断できないほ場の特性等を反映した施肥が可能な体系と考えられる。

3.今後の課題

 農業現場では施肥作業予定日の気象状況により,計画どおりに作業ができない場合も想定される。センサの導入にあたっては,作業適期内に利用下限面積以上の作業面積を確保できる効率的利用方法を十分検討することが必要である。また,生育センサ及び施肥機の購入費用の低減が望まれる。
 センシングデータは,ほ場内の生育のばらつきが窒素吸収量の差によることを示している。センシングデータに基づく土壌窒素含量マップを作成することで,小麦以外の作物の施肥においても活用が可能であると考えられる。具体的には,施肥量が多いてんさい作付け時の施肥改善に活用することが可能となれば,可変施肥システムの導入効果が高まると考えられる。

4.おわりに

ほ場のセンシングデータを活用すると施肥設計などにも有効である。肥料の投入量などの効率化が図られると,生産性は向上する。
 可変施肥技術など精密農業の技術を上手に導入することは収益増につながる。しかし,普及には,より一層の高精度化と低価格化が望まれる。また,マップ化して可視化し客観的事実として捉えるためには,GISとの連携についても現場のニーズに応えていく必要がある。
 規模拡大が進む北海道の農業現場でICT活用をより一層普及していくためには,今後も技術の効果・活用や費用対効果を明確にする必要がある。また,生産現場で容易に活用できる技術でなければならない。生産者,機械メーカー,普及・研究機関の情報を共有しながら技術の実用化を推進する必要がある。

 

 

ホタルがいる都市の生態系が必要とする栄養素について

名古屋市立大学大学院芸術工学研究科
教授 岡村 穣

1.津波限界とホタル生息地

 2011 年3月11日に発生した巨大津波を伴った東日本大震災によって,東北太平洋沿岸地域の生物の生息環境が大きく変化したと言われている。筆者は,全国ホタルマップ1)に記された東北太平洋沿岸地域のホタル生息地の震災後の状況を調査するために,2011年7月に1)宮城県気仙沼市役所前,2)岩手県釜石市唐丹(とうに)町,3)向上閉伊郡大槌町大槌川及び小槌川流域,及び4)同宮古市閉伊(へい)川河川敷ふれあい公園ほたるの里の4か所を訪問し,津波被災地域と照合した2)

 1)宮城県気仙沼市のホタル生息地は面瀬川流域・鹿折川上流・八瀬川流域と記載されており,ホタルマップの地図に記された観察スポットである気仙沼市役所前の清龍寺境内の森は,周辺に清流や圃場が見られなく記述されたゲンジボタルやヘイケボタルの生息地ではなくてヒメボタルの生息地であると思われた。当地は津波被害を受けた様子が見られなかった気仙沼市役所本庁舎,市気仙沼小学校や市立気仙沼中学校などと同じ段丘面にある(図1)。

 一方,3m程度下の段丘上にある市役所ワンテン庁舎,市役所前を通る東浜街道及び街道沿いの八日町商庖街付近は1階部分が軒並み津波の被害を受けており,当地はホタルの生息地がギリギリのところで津波被害に遭わなかった例である(写真1.1)。なお,東日本大震災の津波によって魚浜町の港から北に750mも離れた場所に運ばれてきた330トンの巻き網船の第十八共徳丸は,市役所から約1.3km北東の位置にあり,2015年7月に再訪した際も既に瓦磯が片づけられた鹿折地区にまだ残されていた(写真1.2)。

 2)岩手県釜石市唐丹町のホタル生息地は, 三陸鉄道南リアス線唐丹駅を挟んで,北側を東に流れる片津川流域及び南側を東に流れる熊野川流域の水団地帯にあり,多くのヘイケボタルに混じってゲンジボタルも見られるとの記載がある(図2)。

 観察スポットである片津川沿いの唐丹駅から約1km上流の片山地区(写真2.1)及び熊野川沿いの南リアス線熊の木トンネル南口から数百m上流の荒川地区(写真2.2)はそれぞれ津波被害に遭っていたが,両地点とも数十m上流にはそれぞれ「津波限界」を示す標識が見られた。

 3)岩手県上閉伊郡大槌町大槌川及び小槌川流域のホタル生息地は,城山を挟んで北側を南東に流れる大槌川沿い及び南側を東南東に流れる大槌川沿いにあり,ヘイケボタルは町内各地に生息しており,ゲンジボタルは小槌徳並地区に生息していると記されている(図3)。小槌徳並地区がどこなのか見つけられなかったが,野球場のある「ふれあい運動公園」周辺にゲンジボタルの生息地がある。

 当地は津波限界から約1km上流にあり,訪問した2011年7月は,陸上自衛隊の救援基地になっており仮説浴場などのあるテントが張り巡らされていた(写真3.1)。大槌町役場と書かれた駐車中の車に乗員二名がおり,ホタル生息地の話を尋ねたが,神戸市から派遣されてきたので分からないとのことであった。公園に孫と散歩に来ているお年寄りにも同様に尋ねたが,海岸近くからの避難者なので分からないとの回答であった。一方,大槌川流域のヘイケボタルが生息するという水田地帯は,津波被害を免れており,小槌地区と同様に早々に仮設住宅が建設されていた(写真3.2)。

 4)岩手県宮古市閉伊(へい)川河川敷のふれあい公園ほたるの里は,宮古市の中心市街地近くの津波被害を受けた閉伊川右岸河川敷内にある(図4)。

 2003年6月に宮古ほたるの里を作る会が中心となって,宮古市の市街地にある閉伊川河川敷公園にふれあいビオトープが完成し,その年の冬にビオトープに鮭が遡上して産卵したことが東京の教科書に取り上げられ,観察会やコンサートやシンポジウムも開催し,市内小学校のホタル飼育の支援活動も行われたとの報告がある3)。ビオトープにはゲンジボタルの餌となるカワニナは生息していたが,ゲンジボタルの自然発生は行われておらず,「ホタルコンサート」の記録も2010年9月から途絶えている。宮古市内でも山間部の田代・重茂・長沢の各地区にはゲンジボタルの自然発生が認められている。2011年の訪問時は,ホタルの里を示す石碑は残されていたが,木製の看板は壊れ,水路は泥に埋まって,ビオトープらしきものは見つからなかった(写真4)。津波被害を受けた閉伊川河川敷ふれあい公園ビオトープでの自然発生を目指すホタル再生活動は難しいと思われる。

 地震が連動して生じた巨大津波による被害について,仙台平野や石巻平野で生じることは予測されていた4)。隣り合う地震が連動して巨大地震及び巨大津波になることは2004年のスマトラ-ンダーマン地震で生じており,869年の貞観地震が連動型の巨大地震で,仙台平野で当時の海岸線から2~3km内陸まで浸水し,石巻平野でも西部で内陸約3km及び東部で同約2.5kmの浸水域があったことが認められ,その他,14世紀及び1611年の慶長地震による石英に富む津波堆積物は約1km内陸までそれぞれ及んでおり,河川による洪水被害が及ばない場所では地下深さ50cm以内に分布していることが報告されている。津波堆積物は不淘汰な中粒~粗粒の砂からなり,貝殻片や有孔虫を含み,下位の地層を侵食して覆うという特徴があることを示す5)。東日本大震災による津波被害は869年の貞観地震による津波被害に匹敵すると言われており,貞観地震による津波限界の位置もおそらく東日本大震災による津波限界と同等で,石英砂や海生生物遺骸に富む津波堆積物が三陸地方の各地に残されており,海岸近くのホタル自生地と津波限界とは無関係でないと思われる。

2.ゲンジボタル・ヘイケボタル・ヒメボタル

 世界のホタルは,亜種も含めて2,795種がおり,熱帯・温帯地方の湿潤な地域に分布して,そのほとんどが陸生のホタルで,幼虫期を水中で過ごす水生のホタルは16種しかいない。わが国には約54種が生息しており,そのほとんどが陸生で,水生ホタルとしてゲンジボタル(Luciola cruciata),ヘイケボタ(Luciola lateralis)及びクメジマボタル(Luciola owadai)の3種類が知られている。また,陸生のホタルで日本固有種として九州,四国,本州の平地から山地にかけて生息するヒメボタル(Luciola parvula)が一般によく知られている6)

 ホタルの分子系統と遺伝的分化について,比較的進化速度の速いミトコンドリアDNA内のNADH脱水素酵素サブユニット5遺伝子の塩基配列を用いて分子系統解析を行い,遺伝的類縁関係が調べられている7)8)9)。水生ホタルとして日本に生息するゲンジボタル,ヘイケボタル及びクメジマボタルの3種は台湾産水生ホタル(Luciola ficta) と同じクラスターに分類され,日本を始め朝鮮半島やシベリアに広く分布するヘイケボタルとは異なり,ゲンジボタルは台湾産水生ホタル→クメジマボタル→ゲンジボタルの順に分化し,東南アジアから分布が広がり,日本列島では北九州から遺伝的分化が始まり,北九州から本州へ北上しフオッサマグナ地帯で西日本型と東日本型に分化したルート及び北九州から南九州へ分化したルートの2ルートを辿った7)。北海道から九州まで日本全国に分布するヘイケボタルは北海道と本州の遺伝的分化が見られず,進化の経路も不明であるが,地理的に異なった地域毎にそれぞれ進化した8)。一方,ヒメボタルは北海道を除く本州から九州まで分布し,水生ホタルに比べて約3~4倍の遺伝的変異を示し,体の大きさとの遺伝的関連性は認められていない9)。ヒメボタルはシベリアまたは朝鮮半島から日本列島に侵入し,まず東北から近畿までの地域に分布を広げ,さらに中国・四国・九州へと分化しており,南方から分布を広げたゲンジボタルの遺伝的経路とは異なると推論されている10)。津波被害を免れた三陸沿岸地方のホタルは,北海道を除く本州から九州までの地域に生息するホタルと同じ遺伝的性質を持つ種である。

3.ホタルの生育環境

 ゲンジボタルの生息環境条件について,簡易水質測定器パックテスト®((株)共立理化学研究所)を使って調べた理想的な川の水質は,pH:7.2~8.2,COD:限りなく0(mg/L), NO2:限りなく0(mg/L),Ca:50~150(mg/L),Mg:5~15(mg/L),Fe:0.5(mg/L), PO4:限りなく0(mg/L),NH3:限りなく0(mg/L),残留塩素:限りなく0(mg/L)で,9-10月の現地調査での測定時の水温は18.0℃で,流速は19.5cm/secであった11)。ヘイケボタルの生息環境条件について,5月下旬から9月上旬までと発生期間が長いために発生場所が季節的に推移し,多様な水辺環境が存在することが活発な個体群を維持する要因となり,具体的な水質条件は不明であるが,
1.湧水による通年の湿地状態の維持,
2.人工照明が届きにくい
3.湿地として利用される複数の谷筋がある
4.湿田・水路・放置水田など多様な水辺環境があること
の4条件を挙げている12)。ヒメボタルは,水生ホタルが生息場所を種によって棲み分けているのと異なり,いくつかの種と混在して生活しており,餌である貝類の種類を食べ分けている13)。また水生ホタルの生息環境整備手法として水環境・水際環境・周辺環境・生物環境を整備することが必要で,さらに中詰土があるホタルブロック・柔らかい土を確保して土繭を育てる蛹化溝・カワニナの餌になる珪藻を育てるSBライトの使用が推奨されている14)

4.環境DNAとホタル

 近年,DNAの特定領域の塩基配列をデータベース化して,生物の検索・同定ツールとして用いられるようになったDNAバーコーディング技術が急速に普及している。動植物の個体群動態や繁殖生態の研究ばかりでなく,多種間の生物間相互作用扱う群集生態学などにおいて,被食者-捕食者,寄種-寄生者など種間関係を種レベルで網羅的に同定できるようになった15)。土木分野では,日本DNAデータバンク(DDBJ)内のデータベースを用いて,突然越冬を始めた海藻を対象に,東京湾内の干潟で採集されたアオサの種の同定に用いられた16)。野生動物による農作物被害の防止対策調査や環境アセスメントの生態系調査にもDNAバーコーディング技術が用いられるようになった。野外で採取したノウサギの糞から個体の識別や雌雄の判定もでき,餌植物の推定も可能で,同様の方法で哺乳類だけでなくバッタなどの昆虫の糞からも餌植物が同定できる17)18)。また,土壌中から細菌や糸状菌のDNAを抽出して土壌中の微生物群集の解析方法が詳しく総説されている19)。土壌汚染対策に土壌微生物を使うバイオレメディエーションにも,各種の土壌DNA抽出用の市販キットの性能を比較し20),市販キットで抽出困難な火山灰由来土壌のDNA抽出法も提案されている21)。近年は、土壌の種類や肥沃度の違いによって土壌中の細菌・糸状菌・線虫の構成比が異なることも報告されている22)。特にヒメボタルの若齢幼虫の餌や幼虫の居場所について不明な点が多く,生息地における環境DNAの分析が待たれている。

5.名古屋のホタル事情

 太古の時代の尾張平野はほとんど海で,枇杷島・津島・長島などが点在し,現在の名古屋城から熱田神宮にかけては半島になっており,熱田神宮は海に浮かぶ蓬莱島と称され,名古屋城は京都から熱田神宮の左に見えるので蓬左城と称する(図5)。

 名古屋城外堀は全国的に有名なヒメボタルの自生地で,名古屋市の東半分にあたる尾張東部丘陵地域にもヒメボタルの自生地が多く点在する。東北端の守山区東谷山周辺にはゲンジボタルも自生している。また,守山区の小幡緑地では,当初は放流していたゲンジボタルが自生できるようになった。一方,海水が入る新堀川の掘削土を使った鶴舞公園は,かつて何度もゲンジボタルの放流を試みたが自生しなかった。海に近い熱田神宮でも同様で,現在は放流を中止している。三河湾に浮かぶ佐久島(最高地点38m)・日間賀島(同30m)・篠島(同48m)にヘイケボタルは生息しているが,ヒメボタルは篠島のみである。日本固有種のゲンジボタルとヒメボタルは,太古の津波情報を感知しているのではないか?現在, 日本各地でゲンジボタルを放流した観賞会が行われているが,水質を良くしてカワニナを育て放流を繰り返しても自生しない場所では,地中の津波堆積物や太古の海水の影響を再検討する必要があると思われる。昔はどこにでもいたヘイケボタルは,名古屋市内では絶滅したと言われている。都会でのホタルの絶滅は乾燥化や水質悪化のみが原因なのか?伊勢湾台風(1959)の高潮被害の影響は?土木工事などで海岸部から大量に運ばれてきた土砂の影響は?都市の生態系は絶滅の危機に瀕しているが,その再生には地中や構造物内の海成堆積物の影響についても考える必要があると思われる。

6.参考文献

1)NPOホタルの会(2004)
  全国ホタルガイドマップ,pp.122-125

2)昭文社編集部(2011)
  東日本大震災 復興支援地図

3)佐々木剛(2010)
  水圏環境教育研究誌,第3巻,pp.61-109

4)宍倉正展ら(2007)
 活断層・地震研究報告,第7号,pp.31-46

5)岡橋久世ら(2000)
  日本地質学会学術大会講演要旨,第107号,p.204

6)藤井千春(2013)
  岩手県立博物館第64回企画展示図録

7)草桶秀夫,日和佳政(2002)
  昆虫と自然,第37巻,pp.16-22

8)日和佳政ら(2004)
  全国ホタル研究会誌,第35号,pp.37 -41

9)日和佳政ら(2004)
  日本見虫学会和文誌「昆議ニューシリーズ」,第7巻,pp.11-20

10)草桶秀夫(2005)
  科学と生物,第43巻,pp.351-353

11)矢部加奈ら(2010)
  日本景観学会誌,第11巻,pp.29-31

12)大津啓志ら(2005)
  日本緑化工学会誌,第31巻,pp.187-189

13)小俣軍平(2000)
  昆虫と自然,第35巻,pp.8-11

14)荒木辰彦・大久保章雄(2002)
  月刊建設,第46巻,pp.48-50

15)長谷川雅美ら(2008)
  日本生態学会誌,第7巻,p.89

16)矢内栄二(2007)
  実験力学,第7巻,p.183

17)松木吏弓(2008)
  農業電化,第61巻,pp.16-18

18)松木吏弓(2009)
  ランドスケープ研究,第73巻,p.45

19)星野裕子・長谷部亮(2005)
  環境バイオテクノロジー学会誌,第5巻,pp.43-53

20)加藤芳章ら(2010)
  環境バイオテクノロジー学会誌,第10巻,pp.109-114

21)竹内絵美ら(2010)
  環境バイオテクノロジー学会誌,第10巻,pp.115-119

22)BAO Zhihua(2012)
  Microbes and environments,Vo1.27. 72-79

 

 

2013年本誌既刊総目次

<1月号>
§機能商品で農業に貢献
 ジェイカムアグリ株式会社
 取締役 平生 澄人
§コシヒ力リの5月半ばの適期田植と県下全域エコファーマー化の推進活動
 福井県農業試験場
 企画・指導部高度営農支援課
 主任 倉田 源一郎
§「苗箱まかせ」の開発の狙いと普及について
 ジェイカムアグリ株式会社
 常勤顧問 佐藤 健

<2月号>
§多収品目「べこあおば」の収量性について
 農研機構 東北農業研究センター
 西田 瑞彦
§「われら苗箱まかせ研究会」
 ー良食味米生産に向けてー
 JA新いわて南部営農経済センター内専門部会
 苗箱まかせ研究会事務局
 葛根田 昭一

<3月号>
§夏秋果菜類の土壌病害を回避するための超低コスト栽培システムの開発
 岐阜県中山間農業研究所 中津川支所
 専門研究員 熊崎 晃
§「苗箱まかせ」施用時の育苗培土窒素量が苗質に及ぼす影響
 山口県農林総合技術センター
 内山 亜希

<4月号>
§いちご「山口ST9号(きららベリー)」の化学肥料低減栽培に適した施肥法
 山口県農林総合技術センター
 農業技術部園芸作物研究室
 専門研究員 鶴山 浄真
§力キに適した肥効調節型肥料「柿楽ワンタッチ」の開発
 愛知県農業総合試験場
 園芸研究部落葉果樹研究室
 主任 水谷 浩孝

<5月・6月合併号>
§春先のみ年間2回施肥による茶の省力肥培管理技術
 佐賀県茶業試験場
 製茶研究担当
 明石 真幸
§高温生育条件下における「コシヒカリ」の品質低下防止のための後期栄養維持施肥法
 新潟県農業総合研究所
 佐渡農業技術センター
 専門研究員 土田 徹
§全量基肥施肥技術,苗箱施肥技術の技術的課題と推進方向
 ジェイカムアグリ株式会社 東北支店
 技術顧問 上野 正夫

<7月号>
§苗箱まかせ育苗箱全量施肥の普及に向けた取り組み
 —九州南部編—
 ジェイカムアグリ株式会社 九州南部支店
 郡司掛 則昭
§人間の健康とミネラル
 ・・・亜鉛補充療法で治癒できる病気は多い
 東京農業大学
 客員教授 渡辺 和彦

く8月号〉
§鳥取県におけるハトムギ有望品種「あきしずく」および「とりいずみ」の選定と肥培管理法
 鳥取県農林総合研究所農業試験場
 主任研究員 高木 瑞記麿
§施設ニガウリにおける被覆肥料を用いた畦連続栽培の試み
 鹿児島県農業開発総合センター
 研究専門員 長友 誠

<9月号>
§水稲「にこまる」の育苗箱全量施肥による疎植栽培
 長崎県県央振興局農林部
 大村・東彼地域普及課
 係長 古賀 潤弥
(元 長崎県農林技術開発センター)
§土壌診断結果を反映した新肥料の普及
 全農大分県本部営農支援検査センター
 参与 小野 忠

<10月号>
§三重県における小麦品種「ニシノカオリ」への肥効調節型肥料の利用
 三重県農業研究所
 伊賀農業研究室
 主任研究員 中山 幸則
§気候変動による稲の高温障害の発生と対応策
 農業・食品産業技術総合研究機構
 中央農業総合研究センター
 丸山 篤志

<11月号>
§人間の健康とミネラル・・・
 ケイ素は高血圧,糖尿病予防にも効果
 東京農業大学
 客員教授 渡辺 和彦
§GPS・GISを活用した農業機械の最新技術
 一北海道オホーツク管内の実用化実践事例一
 北海道農政部生産振興局技術普及課
 北見農業試験場駐在技術普及室
 主任普及指導員 馬渕 富美子
 (農業革新支援専門員)

<12月号>
§秋まき小麦の生育センサを活用した可変施肥技術の実際と導入効果
 一北海道オホーツク管内の現地実証結果一
 北海道農政部生産振興局技術普及課
 北見農業試験場駐在技術普及室
 主任普及指導員 馬渕 富美子
 (農業革新支援専門員)
§ホタルがいる都市の生態系が必要とする栄養素について
 名古屋市立大学大学院芸術工学研究科
 教授 岡村 穣
§2013年本誌既刊総目次